絹谷正之院長先生のプロフィール

日本産科婦人科学会会員 / 日本生殖医学会会員 / 日本受精着床学会会員 / 日本IVF学会会員 /
日本卵子学会評議員 / アメリカ不妊学会(ASRM)会員 / ヨーロッパ生殖学会(ESHRE)会員 /
日本産科婦人科学会認定産婦人科専門医
日本生殖医学会認定生殖医療専門医
広島県産婦人科医会理事
平成元年
愛媛大学医学部卒業
医師国家試験合格
広島大学医学部産科婦人科学教室入局
平成9年
山王病院リプロダクションセンター(東京)
井上正人院長のもとで高度生殖補助医療研修、
顕微授精修得、広島大学医学部産科婦人科助手
(体外受精部門担当)
平成11年 McGill大学医学部産婦人科(カナダ、モントリオール)、
Toronto大学Toronto Centre
for Advanced Reproductive Technology
(TCART)(カナダ、トロント)、Diamond Institute(アメリカ、ニュージャージー)、
Bourn Hall Clinic(イギリス、ケンブリッジ)にて高度生殖補助医療研修
平成12年3月 絹谷産婦人科副院長
平成12年6月 博士号(医学、広島大学)取得
平成14年5月 絹谷産婦人科院長
現在に至る
広島の地にある「医療法人
絹谷産婦人科(KWC)」は、不妊治療専門クリニック。なのに、なぜ“産婦人科”なのか?そんな素朴な疑問からインタビューを始めさせていただいた。
本院は、昭和56年に絹谷正之院長先生(以下絹谷先生)のお父上(絹谷一雄理事長)が開設されたが、その目的は、子どもに恵まれないご夫婦のための不妊医療を提供することにあった。当時は今と違って不妊治療専門クリニックは一般的ではなく、患者さんが来にくくなることを配慮して“産婦人科”名を敢えて付けられたとのこと。今の院長の代になって変更することも考えられたが、結局は変えずにいらしたそうだ。患者の心理を大事にされたお父上の思いの継承を、自らに課されているようにお見受けした。
「『いつも僕だったらどうかな?』って考えるんです」
「僕が患者だったら、自分のことは、よくわかった決まった医師に診てもらいたいから」
広島で多くの患者さんを抱える絹谷先生は、主治医制にこだわる。
「『この人の責任は全部自分が持つ』という自負や自覚を持ちたい」
「僕の患者を他の人に任せたくない」
そんな言葉からも、主治医制へのこだわりが十分理解できた。
「不妊治療は“痛み”や“疾患”から始まるものではなく、“欲しい”という“気持ち”から始まる医療。だからこそ心のケアをしなければならない」
そうおっしゃる絹谷先生は、想像していたよりずっと「赤ひげ先生」だった。
そんな赤ひげ先生、絹谷院長のインタビューをご覧ください。

永森: 年齢を含め、不妊治療の終結の時期やタイミングについては、どのようにお考えですか。
Dr. 絹谷: 個々の状況により本当に様々だと思っています。
当院では「主治医」制を採用しています。主治医制にこだわっているといいますかね。1度でも僕が診た患者さんは“僕の患者さん”だと思っていますし、僕が患者として診てもらうんだったら絶対主治医制がいいですから。一人一人性格に個性があるように、体にも個性がありますからね。この患者さんは、卵胞の大きさはまだ十分じゃないのに排卵してしまう傾向にあるとか、薬の反応が普通の人とちょっと違うとか。そういう微妙な体の個性って、実はすごく大事なんですよね。そしてそれは、ずっと診ていかないとわからないものなんですよ。だから主治医制を大事にしています。不妊治療のステップアップの時期や終結の時期も、主治医制だからこそ、個々の状況に応じて患者さんと一緒に考えていくことができる。それが重要だと考えています。
永森: 先生から終結の話はなさいますか。明らかに治療の継続は無理だと判断された場合、その状況を患者さんに伝えますか。
Dr. 絹谷: もちろん伝えます。ただし、個々の患者さんの性格や不妊治療に対する思いなどに十分配慮して伝えるように心がけています。「わずかな診療時間で患者さんの性格や思いがわかるのか?」って思うでしょう?だからこそ主治医制が大事だと思うんです。主治医であっても、患者さんと向き合う診療時間はわずか。そんなわずかな時間でも何度かお目にかかっているうちに、なんとなくわかってくる。長年人と向き合う職業について、年齢を重ね、自分の声がけからその人の性格や思いを察する能力は身についてる自負があります。僕自身は気が小さくて、あまり自分を出せないんですけどね。
永森: 終結について患者さんとお話しなさる際に、気を付けていらっしゃることはありますか。
Dr. 絹谷: 患者さんが置かれている医学的な現状を、これまでの経過を踏まえて正しく理解していただいた上で、「終結」は決して“終わり”ではなく、“節目”の一つであることを伝えています。終結は不妊治療の終わりではあるけれど、何もかもが終わるわけではないという意味で、ひとつの大きな“節目”だと思うんです。長い人生、一歩一歩あゆみを重ねていく中で、振り返った時にこの終結の時が節目に変わり、竹のようにまたそこから次に向けて伸びていくイメージです。我々のサポートは患者さんがお子さんをあきらめた後も続けていきます。実際、治療をやめて3年経つ患者さんがいらっしゃいますが、その方は今もなおカウンセリングに来られてるんですよ。気持ちが変われば再度不妊治療を再開することもできることを、きちんと伝えるようにしています。患者さんが納得できるまで、その気持ちにお付き合いする心積もりでいます。
永森: ドクターには話しづらい、質問しづらいという患者さんからの意見をよく耳にしますが、ドクターは患者さんと向き合う診療時間についてどう考えておられますか。
Dr. 絹谷: 日本に於ける実際の不妊治療の状況は、医師がしなければならない業務がとてもたくさんあり、当院においても医師が患者さんと直に向き合う時間を十分に確保することは残念ながら困難と言わざるを得ません。それを少しでも補うために当院では、「初診前説明会」、「患者セミナー」や「説明会」等を開催し、「医療者」と「患者」が少しでも近い関係になれるよう、努めています。こうしたプログラムを通して、診療時間内では患者さんに伝えきれない我々の方針や診療のスタンス、また妊娠に向けての知識、患者さんに望むこと等々について、私や各部門の担当者からガイダンスさせていただいています。「患者セミナー」は大きく分けて2つあって、1つは「妊活&心理教育セミナー」で、もうひとつは「治療終結セミナー」です。

治療の終結という話題に抵抗を持たれる患者さんもいらっしゃいます。ですが、妊娠できる方もいれば、そうならない方もいるのが現実です。我々は患者さんに妊娠してもらいたい強い思いで診療しているわけですが、結果が伴わない方に対する支援も忘れてはならない。強く望んで頑張ってきたことを、そんなに簡単に終わりにできるものではないわけで、心が揺れて当然でしょ。そんな心の揺れや悲しみも支援したいと考えています。終わりにしなくてはならなくなったとしても、そこから先の人生をより良く生きてもらいたい。切にそう思います。ですから、この「治療終結セミナー」は大事。患者さんには、年齢に関係なく、全員参加して欲しいと伝えています。これに出たから妊娠しないなんてことはなく、終わり方も人それぞれであることをわかっていただきたくてね。スタッフも毎回丁寧に準備しています。こうしたセミナーにきちんと出ていただくことを前提に、診察の折には、「何かご質問やわからないことはありますか?」という声がけは極力するように努めています。信頼関係ができるまでは特にね。
永森: 不妊症患者に対して、現在、心のケアは充分だと考えていらっしゃいますか。
Dr. 絹谷:
「不妊症患者」に限らず、日本は「心のケア」に関してまだまだ社会的な取り組みが遅れていると感じています。心理に関する初の国家資格となる公認心理師の制度がようやく始まったのですが、今後は日本の社会において「心のケア」が進んでいくことを期待しますね。
当院では「不妊症患者」に対する「心のケア」の重要性は以前から強く感じていて、心理に関するエキスパートである臨床心理士を院内に配置し、積極的に取り組んでいます。しかし、患者の皆さんにとってカウンセリングはなかなか馴染みがなくて、抵抗感を感じる方も多いようなんですね。ですから、セミナーや説明会にカウンセラーを参加させ、カウンセラーを身近に感じていただけるように努めています。
永森: 不妊当事者に対するカウンセリングについて、その必要性を含め思われることは?
Dr. 絹谷:
不妊当事者は「妊娠したい、子どもが欲しい」という「気持ち=心」と常に向き合っておられるわけです。ですから、自ずとそのケア、つまり「心のケア」「カウンセリング」は必要不可欠なものだと考えています。
以前僕はわかっているようで、わかっていなかったんですが、一般的な治療って、身体的な症状が主訴ですよね。「痛い」とか「苦しい」とか。でも不妊治療は、「欲しい」という気持ちから始まる医療でしょ。一般的な治療は、「身体的な症状が治るか治らないか」に対して、不妊治療は「望みが叶うか叶わないか」。だからこそ、心のケア、カウンセリングが必要。現実的に望みが叶わない方も多いですから、なおさらです。
永森: ドクターができる患者さんへの心のケアとは?
Dr. 絹谷: 難しい質問ですね。私は医師として、「妊娠したい、子どもが欲しい」と思っておられる方たちの希望が叶うよう、常に全力で治療に取り組むこと、そして、医師と患者さんは「医療者」と「被医療者」の関係ではなく、同じ目標に向かって頑張る「仲間」だという意識を持って診療にあたることが、患者さんの「心のケア」になるのかなと思っています。それから、患者さんに対し、「あなたの体を一番よく知っている主治医」であり続けることも、心のケアに繋がるのではないでしょうか。どんな状況になったとしても、自分の体をよくわかってくれている信頼できる医師がいることは、安心感に繋がるのではないかと思います。
永森: 子どもをあきらめた後、養子縁組について関心を持たれる方もおられますが、治療中に養子縁組の情報を患者さんに案内することについて、お考えをお聞かせください。
Dr. 絹谷: 情報が溢れる現代社会において、不妊治療中の患者さんは好むと好まざるにかかわらず、不妊治療に関わる間違った情報も含んだ様々な情報に触れることになると思います。ですから、我々としては患者の皆さんに、不妊治療に関する「正しい知識」を持っていただくことが大変重要と考えており、「養子縁組」だけではなく「卵子提供」についても治療中から患者さんにお伝えするようにしています。具体的には「治療終結セミナー」でお話しすることが多いですかね。
永森: 不妊治療から卒業する患者さんの卒業式があるとしたら、どんな言葉で送り出したいですか。
Dr. 絹谷: 「ご苦労様、よくがんばったね!」と心の中で。
こうした言葉を患者さんにかけることがいいのかどうか・・・。どんな言葉が患者さんにとっていいのか。すごく繊細な場面なので、とても難しいですね。どんな風にとられるかも気になります。僕もまだ模索している状態です。
永森: 不妊治療をやめて、子どもをあきらめていく患者さんに対してメッセージをお願いします。
Dr. 絹谷: 不妊治療、本当にお疲れ様でした。治療をやめて、子どもをあきらめることはとても残念で辛いことだと思います。ですが、先にお話しした通り、このことが長い人生の中でひとつの大きな節目となり、この経験から続く人生があります。少し離れたところから見てみると、人生には本当にさまざまな出来事が起こるんですよね。ですから、この経験がなんらかの役に立つこともあるやもしれません。また、子どもがいないからこそ得られること、できることもあるはずです。「ポジティブになんてなれない」と言われたらそれまでですが、どうか人生切り開いて、新たなステップでポジティブに頑張っていただきたい。そして、社交辞令ではなく、心の底から「もし何かあればいつでも話に来てください」とお伝えしたいです。

絹谷先生とのご縁は、昨年2015年の桜の季節にさかのぼる。
ある時、存じ上げないドクターから1通のメールをいただいた。それが絹谷先生だった。
その少し前に出版した私の拙著「『三色のキャラメル
~不妊と向き合ったからこそわかったこと~』について触れ、日々多くの患者さんと接していながらなかなか患者さんの生の気持ちを知る機会がなく、よい機会になったということをお知らせくださったものだった。そして、生殖医療に携わる医師としてだけではなく、一人間として、同世代の人間として興味深く、今後の診療に活かしていきたいという、大変人間味のある温かい内容だった。大海原、筏の上にいるような状態にある私に、絹谷先生がオールを渡してくださったような、そんな気持ちになったことを今でもよく覚えている。
現在の、各部門との連携、各種プログラムの提供といった「TEAM絹谷」体制が整うに至るまで、過去には、患者さんになんとか子どもを抱かせてあげたいという熱意と主治医制へのこだわりから、絹谷先生ご自身が過剰労働で倒れてしまわれたことがある経験をお持ちだ。そんなお話を伺って、まさに私が先生にエールを送りたくなった。
「最初からこうだったわけではなく、僕もいろんな経験をして成長してきたからこそ今の自分がいます。医者も人間ですからね。患者さんと喧嘩したこともありましたしね(笑)」
そう言ってはにかまれた絹谷先生。 どうかもう倒れないでくださいね。
先生の患者さんが困りますから。
大変光栄な機会をありがとうございました。
(インタビュー実施: 2016. 5. 20)
永森咲希