辰巳賢一先生(梅ヶ丘産婦人科 院長)

 辰巳賢一 院長先生のプロフィール

・ 医学博士

・ 日本生殖医学会生殖医療専門医
・ 日本産科婦人科学会生殖内分泌委員会
   生殖医療リスクマネジメント委員会委員
・ 日本生殖補助医療標準化機関(JISART)   副理事長
・ A-Part日本支部理事
・ 日本受精着床学会評議員
・ 日本IVF学会評議員
・  世田谷区産婦人科医会会長
・  米国不妊学会会員

昭和54年〜        
・ 京都大学医学部卒業


・ 京都大学医学部附属病院(以下、京都大学病院)
   産婦人科研修医
・ 長浜市立病院産婦人科部長
・ 東京大学医科学研究所免疫学研究部客員研究員
・ 京都大学病院産婦人科助手、外来副医長、
   病棟副医長
・ 京都大学病院不妊外来、体外受精チームの
   中心メンバーとして活躍
・ 神戸中央市民病院産婦人科副医長を歴任し、

平成3年6月~       
梅ヶ丘産婦人科副院長


平成10年~12年 
厚生科学審議会先端医療技術評価部会 
生殖補助医療技術に関する専門委員
平成16年1月~     
梅ヶ丘産婦人科院長
          


都心の利便性の高い場所、小田急線梅ヶ丘駅から1分もかからない場所に位置する梅ヶ丘産婦人科。今回はこちらのクリニックの院長、辰巳賢一先生にインタビューをさせていただいた。

              
  
  (駅から30秒でクリニック)

      

    (清潔で明るい待合室)    

なぜ辰巳院長先生からお話を伺うことになったか。それは「ちらし」のご縁だった。

 
昨年(2016年)、MoLiveで応募した企画が港区に採用され、助成事業イベントを開催した時のこと。そのちらしの院内設置をお願いした際に、「患者さんの目につきやすいカウンターに置きます」と真っ先に連絡をいただき、快諾くださったのが辰巳院長先生だった。そればかりか、「何かわれわれにできることがあればおしえてください」という応援までいただいた。
 
不妊治療の最前線におられるドクター方は、日々「超」がつくほどご多忙だ。次から次へと訪れるご夫婦の願いを叶えようと全力投球し、診療に集中されるドクターが多い中、こうした当事者団体の声に耳をかたむけてくださるドクターはそう多くはない。そんな環境下、辰巳院長先生からいただいたお返事は、まさに当事者団体でもある私共への温かいエール。大変有難く、励みになったのは言うまでもない。「辰巳先生なら、心に秘めた患者さんへのエールをお持ちに違いない」そう思ったのがきっかけだった。
 
他にも背中を押してくれたことがある。それは、私の不妊カウンセラー仲間の言葉。彼女は多くの困難を抱え、悲しい思いを重ねながらも不妊治療を続けて、無事男の子を出産した。その彼女が折に触れ話してくれたこと。「辛いことを乗り越えて出産できたのは、辰巳院長先生のおかげ」その言葉だった。
 
初めてお目にかかった辰巳先生は、私が聞いた通り優しくソフトな話し方に、人情味溢れる笑顔で迎えてくださった。すぐに初対面という感覚が薄れ、和やかにインタビューさせていただけたが、それはなぜか。その理由を私はクリニックを後にしてから気づくことになった。
 
そんな辰巳院長先生のインタビューをお読みください。




 
     

永森: 年齢を含め、不妊治療の終結の時期やタイミングについては、どのようにお考えですか。

 Dr. 辰巳: これは、それぞれのご夫婦の考え方次第だと思います。僕として心がけていることは、患者さんに対して常に、客観的なその時の状況をお知らせするということ。「今の段階でこういう治療をしたらこれくらいの妊娠の可能性があって、それについてはこれくらいのことをしなくてはならないよ」といった、考える材料として正確な情報をお伝えするようにしています。それを踏まえた上での、続けるかどうかの判断についてはそれぞれのご夫婦にお任せし、治療を続けたいというお気持ちがあれば、できるだけお付き合いするようにしています。そして、その時点でのおふたりにとって最も適切な治療法を検討します。

 
ただただ体外受精を続ければいいということでもないんですね。年齢が高くなると体外受精しかないという言い方をされますが、実はそうではなく、年齢が若い方の方が体外受精が有効だと考えられます。年齢の高い方は、染色体の数が正常ではない卵子が排卵される確率が高いわけで、43歳で平均1年に1~2度くらいしか染色体の数が正常な良い卵子が排卵されません。体外受精での妊娠の確率が高いといっても、さまざまな理由で皆さん毎月できるわけではなく、年齢が上がるほど、予定した月に良い卵子が出ない可能性が高くなります。年に何度かの体外受精にチャレンジするより、毎月人工授精やタイミングを試みれば毎月チャンスがつくれるわけで、良い卵に会える確率が上がることになります。人口統計でいうと、戦前は毎年46歳以上で1万5千人くらい出産していたようですが、今は1000人くらいじゃないでしょうか。当時は今のように女性が働くこともなかったし、夜はあまりやることがありませんでしたからね(笑)。夫婦生活が今より頻繁だったのでしょうね。ですので、夫婦生活のタイミングをやめないことも大事。
 
梅ヶ丘産婦人科では、40歳を越えて妊娠された方のうち、体外受精での妊娠が半分、人工授精での妊娠が2割、タイミングが3割になります。年齢が43歳を超えた場合、AMHが高い方以外は、僕のところではあまり体外受精はお奨めしていませんので、結構長く人工授精やタイミングをはかる患者さんが多いです。自然にフェードアウトしていく患者さんが多いのも、そういう背景があるからかな。
 

 永森: 先生から終結の話はなさいますか。明らかに治療の継続は無理だと判断された場合、その状況を患者さんに伝えますか。

 Dr. 辰巳:

そうですね。状況を伝えるという意味では、伝えます。やはり45歳を過ぎると妊娠がかなり難しくなっていきますので、「難しくなってきた」「この治療を続けてもほとんど可能性はない」という事実は客観的にお伝えし、ご自分の状況を把握していただくようにはしています。
 
なかにはね、ずーっとあきらめきれずに、閉経になっても、排卵しなくなっても、通院される患者さんもいらっしゃるんですよ。少しホルモン補充して、たまに排卵が起こる。そんなことを続けてもう50歳を過ぎてしまったんですけれど。本人もわかってるんですよ。わかってるの。ただ気持ちの問題でどうしても整理がつけられずにまだ通われているわけなんですね。あと、早発閉経で排卵はまったくなくなってしまったけれども、時々いらしてチェックをする方もいます。この方もわかっているんです。私も事実を話してますしね。それでもいらっしゃる方には、こちらから「もう来ないで」とは言わず、来ていただいています。 閉経しても、排卵がなくても、ここに足を向ける患者さんがいれば、向き合います。ただし、そうした状況下で、患者さんにとってマイナスになるような治療をしてはいけません。そういう場合にはホルモン剤などは使わず、単に「月に1回排卵するかどうか診ましょうか」といったように、その患者さんとクリニックとの縁を失くさないようにしています。
 
なかなかあきらめられない患者さんにとって、本当にいいのかどうかはわかりませんが、昔、患者さんの気持ちをある本で読んだことがありましてね。そこには「まだがんばりたいと思っているのに、『やめろ』と言われるほど辛いことはない」と書かれていたんです。そういう気持ちが患者さんの根本にはあるのかなと、随分考えさせられた言葉でした。それがずっと頭にありましてね。それが今の僕の診療体制に反映しているのかもしれません。

 永森: 終結について患者さんとお話しなさる際に、気を付けていらっしゃることはありますか。

 Dr. 辰巳: 最終的に決断するのはご夫婦ですから、そのご夫婦が希望すれば、現在の状況の中でできるだけのことをするというスタンスでいます。ただし客観的な状況はお知らせする。実は、客観的な状況を伝えて把握していただくということはそう簡単ではないんですね。気を付けていることは、患者さんへの伝え方でしょうか。正確にきちんと伝わるように気を付けています。

 永森: ドクターには話しづらい、質問しづらいという患者さんからの意見をよく耳にしますが、ドクターは患者さんと向き合う診療時間についてどう考えておられますか。

 Dr. 辰巳: 僕は、聞かれたことにはすべてお答えするようにしているつもりです。ですが、アンケートなんかを見ますと、「忙しそうで聞きづらい」って書かれてしまうことがあるんです。そんなこと言わないで、遠慮なく聞いて欲しいというのが本音ですね。
やはりこうしたコミュニケーションも、“メリハリ”かなと思っています。診療の度に十分話をしなくてはならないわけではなく、流れのままでいい時もある。治療の段階や体の状況によって、必要な時には十分話す。そういうメリハリです。ですが、患者さんがわからないことがある時や、大事なタイミングの時、またなんらかの節目にあたる時には、丁寧に時間をかけてお話ししているつもりでいます。
どうも患者さんの方が、僕が忙しそうにしていると遠慮されてしまわれるみたいなんですね。もっと聞いていただければいいのにって思います。

永森: 不妊症患者に対して、現在、心のケアは充分だと考えていらっしゃいますか。
 
Dr. 辰巳: 医療者が考える不妊患者さんの心のケアに関しては、難しい側面があると思います。治療中の患者さんの心って、ご夫婦の問題やご家族のこと、クリニックに通うことになった経緯や仕事のこと等、その方を取り巻く無数の環境ファクターが影響し合っていると思うんです。患者さんの事情や背負っているものってとても大きくて、おひとりおひとりが持つそうしたバックグラウンドは、まさにその方の人生そのものなわけです。治療中の診察室では、そういったバックグラウンドは見えませんし、わかりようがない。

 
心のケアが十分かどうかというよりも、クリニックとしてそんな複雑な患者さんの心にどこまで立ち入ることができるのか、実は大変難しい問題だと感じています。クリニックでできる最たることとは、「客観的な事実をきちんとお伝えしながら、ご夫婦の意思にできるだけ沿う」ことだと思うんです。とはいえ、ここでも随分前から、月に2回はカウンセリングの日を設けていますけどね。

 
永森: 不妊当事者に対するカウンセリングについて、その必要性を含め思われることは?
 
Dr. 辰巳: ここで設けているその月2回のカウンセリング日ですが、実際あまりお申込みがありません。 なぜか。スタッフともいろいろ考えましてね。まず、カウンセリングってなんなのか、何を話すのか、どんな風に利用したらいいのかがわからない患者さんが多いんじゃないかって。ですから、「カウンセリングとはこういうものです」、といったポスターをつくって掲示してみましたが、お申込みは増えない。今度は、カウンセリングというものが患者さんにとって敷居が高いんじゃないかということで、看護師相談室というものに名称変更してみたり。不妊相談士の資格をもった看護師が相談にのるのですが、カウンセリングよりもお申し込みがあるようです。

 
さまざまな思いを抱えて悩んでおられる患者さんは多いはずなのに、なかなか利用してもらえないのは歯がゆくもあり、難しさも感じています。患者さんのために門戸を広げようと、スタッフ一同試行錯誤しているんですけどね。根底にある原因としては、治療と仕事や家事をこなすのに精一杯で、ご自身のためのメンタルケアまで気持ちが向かないのかもしれませんね。

 
永森: ドクターができる患者さんへの心のケアとは?
 
Dr. 辰巳: 不妊治療に携わる医療関係者やその機関が、患者さんの抱える生殖を中心とした人生の問題に介入することには限界があるように思います。ですから、医師ができる心のケアとは、先程も申し上げたように「客観的な事実をきちんとお伝えしながら、ご夫婦の意思にできるだけ沿う」ことに尽きる気がします。
 
永森: 子どもをあきらめた後、養子縁組について関心を持たれる方もおられますが、治療中に養子縁組の情報を患者さんに案内することについて、お考えをお聞かせください。
 
Dr. 辰巳: 平成7年か8年あたりでしたが、当院がまだお産を扱っていた頃です。「輪の会」のその時の代表と縁があって、特別養子縁組することを前提としたお母さんと赤ちゃんに、うちのクリニックに2~3日入院していただいて、授乳や沐浴の仕方について指導する等、何組もそんな里親さんと生まれたばかりの赤ちゃんのお世話をしたことがあったんですよ。そういう試みはいいとは思うんですが、今、里親希望で赤ちゃんを探すといっても、ちゃんとしたルートがあるわけではないでしょ。ですから、クリニックで情報を出すことはしていません。やはり僕は、ふたりの間でできるだけのことをしていただくというのが基本スタンス。うまくいかないから人に頼むというのは、考えないでいきたいと思ってここまできました。ですから非配偶者間の体外受精などもしません。

 
養子はまた別、いいとは思います。ですが、あくまでも梅ヶ丘はふたりの間でできることのお手伝いをするというスタンス。養子の話も出していない。ただ患者さんから話が出れば、「がんばったらいい」と申し上げます。

 
永森: 不妊治療から卒業する患者さんの卒業式があるとしたら、どんな言葉で送り出したいですか。
 
Dr. 辰巳: 治療をやめる方って、「今日限りで治療を終わりにします」って宣言されずに、自然にフェードアウトされる方も結構いらしてね。いつも、こうした方々はその後どうされているのか考えるんです。それが僕の最も気になることです。送り出したい言葉ですよね。うーん、これは難しいですね。一言でいうならば・・・。

うーん、一言? 一言ね・・・・・。やっぱり、「これからもがんばって」という言葉ですね。

 
永森:  不妊治療をやめて、子どもをあきらめていく患者さんに対してメッセージをお願いします。
 
Dr. 辰巳: 永森さんは、治療をやめる、子どもをあきらめるって決めて、人生ぱっと切り替えられましたか?

(永森:ぱっとは切り替えられませんでした。変えなくちゃとは思いながら、そう簡単には切り替えられるものではなかったです) 
そうでしょ。そうですよね。治療を終わりにした患者さんの中に、「もうきっぱり切り替えます」とおっしゃった方がいらしたんですが、口ではそう言いながらも、実際はまだまだ動揺があって、それを振り切るために言ってらっしゃるのかなと感じたことがありました。赤ちゃんが欲しいと願った気持ちは、そう簡単に切り替えられるものでないとは思いますが、不妊治療をしないことによって開けるその人の新しい人生を存分にがんばって欲しいと思いますね。そうとしか言えないな・・・難しいです。

永森:  辰巳先生のお子さんに子どもができず、悩まれていたら?

僕は割と楽観的でね。うんと長いスパンで考えたら、人の人生はパッと生まれてパッと消えてしまうような儚いものですから、地球とか宇宙とかそういう視点で考えたら、くよくよしてもしょうがないものがあるし、その短い時間を大事に、色々な方面で頑張ればいいんじゃないかなって思うんです。

子どもを産むことが最も大事なことでしょうか。
自分の人生を思い切り生きた方がいい。
「せっかくの自分だけの人生。子どものことだけにとらわれず思いきり生きてみたらどうかな?」って言うと思います。問題発言かな?

                            

インタビューはこれで終了。
ひとつひとつの質問にとても丁寧にお答えくださった辰巳先生。先生のお考えや思いを十分お聞かせいただいたが、今回のインタビューで私自身考えさせられたことがある。
 
高齢になり生殖能力がなくなった患者さんにとって、いつまでも治療を続ける医療機関があることに対して私自身少々疑問があった。「もう君は無理ですよ」という、ある種明確な引導を渡してもらわない限り、子どもに固執している患者さんはやめるにやめられなくなり、なかなか方向転換できないのではないだろうか、という思いがあったからだ。
 
だが辰巳院長先生のお話を伺って心揺さぶられた。
「体外受精の治療だけが治療ではない」「薬はやめて、ただ排卵があるかどうかだけでもチェックする、そういう段階も大事な軟着陸の治療」「患者さんとクリニックとの縁を失くさないようにしている」そうおっしゃった先生の言葉に、涙が出そうになった。そして私のあの頃、梅ヶ丘産婦人科という場所とのご縁があったら、どうだっただろうという思いに駆られた。体外受精で結果が出ないから終わりなのではなく、次の新たな人生に向けて舵を切る時間を設けてくださる。そんな場所が梅ヶ丘産婦人科だと思った。
 
辰巳先生の診療ポリシーをお聞きすると、「僕を頼ってくれる人の助けになること。その方にとって一番いい方向に向かっていけるように、全力でサポートすること」とおっしゃった。そして続けられた。

「妊娠出産してもらうことだけがゴールではなく、願いが叶わなかった方々が軟着陸できるように伴走することもとても大事なことだと思っています。僕ができる限り、支えになりたい」。

 
昭和60年、京都大学で体外受精が始まったばかりの時、その患者さんの扱いを産科にするのか婦人科にするのか、体外受精のオペの実施は手術室なのか分娩室なのか…etc.
そんなさまざまな取り決めが必要だった極々初期の黎明期の時代から、京都大学にて生殖医療に携わってこられた巨頭、辰巳賢一先生。そんな部分はおくびにも出さず、先生から感じられたのは、傍らにいてくれる支援者の優しさだった。
 
   (ロバート・G・エドワーズ博士とともに)
 
そうした先生の姿勢は、学生時代から続けていらしたアイスホッケーからも大きな影響を受けておられる気がした。現在も所属し、プレーされているバンスターというチームは、昨年(2016年)の全日本のシニア大会で優勝し日本一になられている。ひとつのことを長年やめずにやり続けることは、簡単なことではない。しかも、1シーズンも切らすことなく続けてこられている。「これ」と思ったことを想い続ける辰巳先生の意志の強さを感じると同時に、何よりチームメイトとの連携を大事にされているご様子が伝わってきた。


     (長年所属するバンスターの優勝)

それは梅ヶ丘産婦人科での様子からもうかがえた。
外が既に暗くなったインタビューの帰り際、私はひとりの看護師さんと立ち話をさせていただいた。
「インタビュー、終わったんですか。お疲れ様でした。辰巳先生、いい先生でしたでしょ」
「はい、とっても」
「私たちスタッフ全員、辰巳先生だからこの病院にいます。そして、がんばれるんです!」
笑顔でそうおっしゃった。
「気付いたら来なくなられていた患者さんのことが最も気がかり」とおっしゃった辰巳先生のお人柄を物語る素敵な表情だった。
 
 
辰巳賢一院長先生、お忙しいところ、貴重なお話しをありがとうございました。
(インタビュー実施: 2017. 3. 27)

    
永森咲希