子どものいない夫婦のエンドオブライフ:エンドオブライフケアのシンポジウム参加

”エンドオブライフ ケア”
まだまだ耳慣れない言葉かもしれない。
 
言葉の通り、人生の最終段階に対するケアだ。
その質の向上を目指して設立されたのが、一般社団法人エンドオブライフ・ケア協会。
 
誰もが「生きてきてよかった」と思えるように。
自分の人生に誇りを持てる最期を迎えられるように。
 
”人生の最終段階とはどういうものなのか”
エンドオブライフ・ケア協会は、その真の意味を追求し、看取りのエキスパートの養成と、人間の尊厳を大事にした援助の普及に積極的に取り組んでいる。
 

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去る23日(土)、この協会の1周年記念シンポジウムにお声をかけていただき参加した。
 
子どもを持たない夫婦にとって、自分たちだけで人生の幕を閉じることには課題も多い。

誰に何を頼むのか。
タスキを渡す次世代がいない状態で、誰にどんな風に看取られたいのか。
子どもがいないで、尊厳ある死を迎えるにはどうしたらいいのか。
 
子どもをあきらめた方々とお話しする際、よくこうした話題が出る。
”自分がどんな風に生きたかを記憶に留めてくれる人がいないのは虚しい”
”自分の命を親身に心配してくれる次世代がいないのは寂しい”
これも人の自然な感情だろう。
 
私自身看取りに関しては以前から高い関心があり、お伺いした。
 
1周年記念シンポジウムは、当協会理事の田口空一郎氏の挨拶、小澤竹俊先生の活動報告に始まり、社会福祉法人白山福祉会の施設長でもあり、”エンドオブライフ・ケア援助者養成基礎講座”を受講された広畑晶子さん、協会顧問で参議院議員の武見敬三氏、本協会の立ち上げから活動を追い続けてきたNHK報道局記者の池田誠一氏、特別養護老人ホームしゃくなげ荘の施設長である山本 進氏、協会理事でもあり亀田総合病院の在宅医療部を立ち上げられた日本を代表する在宅医の小野沢 滋氏、そして理事且つ医師である長尾和宏先生と、貴重な講演が続いた。
 
”看取る”という行為、人の生涯の終わりに立ち合うことは大変なこと。
病院ではなく介護施設で亡くなる人々が増加している昨今、医療者ではなく介護者が看取るケースが増え、その心の負担も大きい。そんな中、ひとりひとりの人生に思いを馳せ、最期の最期までその人らしく穏やかに生きられるよう試行錯誤されている現場の介護職の人々の様子に、胸が熱くなった。
 

後半の全体セッションでは、思わず日頃から思っている「子どもがいない、家族がいない人間が最期の時を迎えるケースにはどのような意識で取り組んでおられるのか」、そんなことをお聞きした。

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施設長である広畑さんは、「家族にはなれないけれど、すぐ隣にいる一番近くの他人として、その方の人生、その方の望みを精一杯受け留めたい」と仰った。そして小澤竹俊先生は、「子どもがいるいないにかかわらず、援助者として、その方が何を誇りに生きてきたのかを知ろうとすること、その方が生きてきた人生を大事に思うこと、尊厳をもって理解すること、そうした努力を進めていく」と仰ってくださった。長尾和宏先生は、「家族という病」が話題になるほど家族の絆も希薄になっている昨今、「理解しようと努めてくれる援助者と共に、ひとり穏やかに死と向き合うのも悪くない」というお話をしてくださった。
 

思いがけず何人もの演者の方々から温かく貴重なご意見を伺うことができたこと、なにより有難かった。

「私が最期を迎える時には、エンドオブライフ・ケアの養成講座を受けたスペシャリスト達に囲まれているかもしれない」そんな風に心強く思えたのも、お話を直接伺えたからこそ。
 

比叡山延暦寺 副執行の小鴨覚俊住職のお話で締め括られた本シンポジウムは、意義深いものだった。

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 永森咲希
 
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2016年4月26日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : admin