取材記事がサイゾーウーマンに掲載(2016.7.12)

取材をお受けした記事が、本日、情報配信サイト ”cyzo woman(サイゾーウーマン)” に掲載されました。

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http://www.cyzowoman.com/2016/07/post_20778.html

「治療を終えても不妊は終わらない – 子どものいない人生を受け入れるために大切なこと-」

”不妊治療のやめどきと、子どものいない人生”というテーマの今回の取材は、前編がはらメディカルクリニックの原利夫院長先生のお話しで(2016.6.23)、私は後編を担当させていただきました。

真摯に耳を傾けてくださり、丁寧に編集くださった澤本さんと岩城さんに、心からお礼申し上げます。

永森咲希

2016年7月12日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : admin

医療従事者の方々への講演@絹谷産婦人科研修会 in 広島(2016年5月20日)

去る5月20日~21日、広島にある不妊治療専門クリニック「絹谷産婦人科」の絹谷正之院長先生を訪ね、2日間に亘り講演させていただきました。

1日目は、医療従事者の方々向けの講演。
2日目は、絹谷産婦人科に通われている患者さん向けの講演。

絹谷院長先生は、年に3回ほど、ドクターだけではなく、コ・メディカル(看護師、検査技師、医療事務員、胚培養士等)の方々も交えて研修会を開催されています。称して「絹谷産婦人科研修会」。絹谷産婦人科の様々な仕事に関わるスタッフだけではなく、近隣の産婦人科医やコメディカルのスタッフにも声がけをし、地域全体での知識向上を目指した勉強会とのこと。

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これまでに、「出生前診断の基礎」「不妊症患者の心 ~反復不成功例と治療終結について~」といった不妊症医療に関することから、「妊娠と甲状腺疾患」「乳がんのホルモン療法」といった女性特有の疾患のテーマ、また「アナフィラキシー時の対応」「ゲノム編集とは何か」等、開催テーマは多岐に亘っています。

1日目はその研修会でお話しさせていただくというもの。
「治療の終結を迎えようとしている患者が、どのような気持ちを抱いているのか」といった治療終結の心理をテーマに、体験者である私の話を聴いてくださるというものでした。

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半分支援者で半分当事者の私の話を、多忙を極めるみなさんにどれだけ聴いていただけるのか。
医療従事者の方々への講演が初めてだった私、まったくイメージできずにこの日を迎えることになりました。

開催時間が迫るにつれみなさん続々と入室され、開始までには会場に置かれた椅子がびっしり埋まり、私の緊張もピーク。

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参加者は下記の通り、個人病院から広島の県立病院とさまざまな施設からいらっしゃいました。

・ 絹谷産婦人科
・ 香月(かつき)産婦人科
・ 広島県立広島病院生殖医療科
・ 正岡(まさおか)病院
・ 広島県健康福祉局母子保健グループ
・ 広島県不妊相談センター

今回の私の演題は、「不妊治療の卒業式を患者と共に」。
1時間の講演中、大きく頷いてくださったり、涙を浮かべていらしたり、一生懸命メモを取ってくださっていたりと、大変共感的にお聴きいただいたのが印象的でした。

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正直、お伝えしたいことがちゃんと届くのかどうか心配でしたが、みなさんの真剣で誠実で温かい眼差しのおかげでそんな心配もなくなり、垣根も取れ、思いのままにお話しさせていただくことができました。

講演後は質問も多くいただき、感謝の気持ちと満たされた思いで胸が熱くなりました。

なぜ満たされた思いになったのか。
治療をやめて約10年経った私自身が、まさにこの場で卒業式をさせていただけたような、そんな気持ちになったから。私の伝えたい思いが、みなさんに真っ直ぐ届いたから、に他なりません。

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患者の思い、当事者の思いをなにより大事にされる絹谷院長先生と、患者を支援するために労を惜しまない参加者のみなさんとの時間は、忘れられないものになりそうです。

絹谷院長先生はじめ、関係者のみなさん、参加されたみなさん、ありがとうございました。

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(絹谷正之院長先生と、今回の研修会のアレンジを担当くださった花谷智子さん(臨床心理士・生殖心理カウンセラー)と共に)

この翌日、患者さんに向けての講演をさせていただきましたが、その様子は追ってご報告いたします。

永森咲希

2016年7月4日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : admin

港区の助成事業-終結を考えるイベント無事終了

去る6月18日、港区立男女平等参画センター”リーブラ”の助成事業でもあるMoLiveの企画、
「夫婦の困難 どう乗り越える? 第1回 不妊治療の終結を共に考える ~医療者の立場から・当事者の立場から~」(1部:講演 2部:お話し会) が無事終了しました。

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「不妊治療を終わりにしたいけれど、なかなかやめられない」
「ふんぎりがつかない」
「やめてどうしたらいいのか」
みなさんそれぞれが、迷いや戸惑い、不安をお持ちになりながら参加なさいました。

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参加者は、女性21名、男性9名、合計30名。
半分には満たないまでも男性の参加も多く、なかには男性おひとりでの参加もあり、ご夫婦それぞれが、治療を終わりにすることと真摯に向き合われていらっしゃる様子が伝わってきました。

1部の講演の演者は、東京慈恵会医科大学産婦人科医師の杉本公平先生と、私、永森咲希でした。

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杉本先生のご講演は、優しいお人柄が滲み出るプロフィールにはじまり、歴史的視点や人物から考える不妊のお話し、そして先生の患者さんの終結の事例と多岐に亘りながらも、どれもが「妊娠できることと人間性はなんの関係もない」という先生の一貫した主張とつながり、素晴らしいご講演でした。

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特に患者さんの事例のお話しは、単に事例を紹介くださるのではなく、杉本先生がどんな思いを持たれながら対応されたのかについてをお聞かせくださいました。不妊治療を終わりにすることも大事に考えてくださっているドクターだということが十分みなさんに伝わり、そんなドクターの存在はみなさんを安心させたようでもありました。

講演のアンケートでは、

「話を聴いて緊張していた肩の力が抜けました。気持ちが楽になりました」
「共感でき『これでいいよね』と思える勇気をもらったような気がします」
「治療終結後も明るく生きていくヒントを得られました」

といった感想をいただきました。

お話し会(当事者7名+ファシリテーター+コファシリテータで9名ほどのグループを3つ)では、みなさんそれぞれが思うところをお話しされたり、他の方のお話を聞いたりしながら、あらためてご自身のことを考える時間になさったようです。

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お話し会のアンケートでは、

「似たような状況の方々の話が聞けて、自分だけではないと気持ちが軽くなりました」
「誰かに話すことは乗り越えるために必要なプロセスだと感じました」
「ひとりだけで心が沈みがちだったけれど、参加してよかったです。初対面だからこそ話せることもあるんですね」

など、多くの方々に参加の意義を感じていただけたようです。

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当日の様子は、NHKの総合とBSで放映されました。

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妊娠を望む年齢が高齢化している現代、妊娠に辿り着けない方も多くいらっしゃいます。
なかなか治療をやめられない方もたくさんおられます。

願い叶わぬ当事者の方々が不毛地帯に長期間留まることなく、ご自身の運命を受け入れ、新たな人生を再構築するエネルギーをもって自らの第1歩を踏み出していただくことを切に願いながら本企画を立てました。

今回の参加者の方々の感想をお聞きし、本企画を継続していく意義をあらためて感じた次第です。

参加くださったみなさま、本企画にご協力くださった関係者のみなさま、ありがとうございました。

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当日お手伝いくださったスタッフのみなさんも、終日のフル活動お疲れ様でした。

そして、最後に。
本企画の意義を深くご理解くださり、背中を押し、激励してくださった港区立男女平等参画センター”リーブラ”の皆さまに、心よりお礼申し上げます。

永森咲希

 

2016年6月30日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : admin

子どものいない夫婦のエンドオブライフ:エンドオブライフケアのシンポジウム参加

”エンドオブライフ ケア”
まだまだ耳慣れない言葉かもしれない。
 
言葉の通り、人生の最終段階に対するケアだ。
その質の向上を目指して設立されたのが、一般社団法人エンドオブライフ・ケア協会。
 
誰もが「生きてきてよかった」と思えるように。
自分の人生に誇りを持てる最期を迎えられるように。
 
”人生の最終段階とはどういうものなのか”
エンドオブライフ・ケア協会は、その真の意味を追求し、看取りのエキスパートの養成と、人間の尊厳を大事にした援助の普及に積極的に取り組んでいる。
 

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去る23日(土)、この協会の1周年記念シンポジウムにお声をかけていただき参加した。
 
子どもを持たない夫婦にとって、自分たちだけで人生の幕を閉じることには課題も多い。

誰に何を頼むのか。
タスキを渡す次世代がいない状態で、誰にどんな風に看取られたいのか。
子どもがいないで、尊厳ある死を迎えるにはどうしたらいいのか。
 
子どもをあきらめた方々とお話しする際、よくこうした話題が出る。
”自分がどんな風に生きたかを記憶に留めてくれる人がいないのは虚しい”
”自分の命を親身に心配してくれる次世代がいないのは寂しい”
これも人の自然な感情だろう。
 
私自身看取りに関しては以前から高い関心があり、お伺いした。
 
1周年記念シンポジウムは、当協会理事の田口空一郎氏の挨拶、小澤竹俊先生の活動報告に始まり、社会福祉法人白山福祉会の施設長でもあり、”エンドオブライフ・ケア援助者養成基礎講座”を受講された広畑晶子さん、協会顧問で参議院議員の武見敬三氏、本協会の立ち上げから活動を追い続けてきたNHK報道局記者の池田誠一氏、特別養護老人ホームしゃくなげ荘の施設長である山本 進氏、協会理事でもあり亀田総合病院の在宅医療部を立ち上げられた日本を代表する在宅医の小野沢 滋氏、そして理事且つ医師である長尾和宏先生と、貴重な講演が続いた。
 
”看取る”という行為、人の生涯の終わりに立ち合うことは大変なこと。
病院ではなく介護施設で亡くなる人々が増加している昨今、医療者ではなく介護者が看取るケースが増え、その心の負担も大きい。そんな中、ひとりひとりの人生に思いを馳せ、最期の最期までその人らしく穏やかに生きられるよう試行錯誤されている現場の介護職の人々の様子に、胸が熱くなった。
 

後半の全体セッションでは、思わず日頃から思っている「子どもがいない、家族がいない人間が最期の時を迎えるケースにはどのような意識で取り組んでおられるのか」、そんなことをお聞きした。

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施設長である広畑さんは、「家族にはなれないけれど、すぐ隣にいる一番近くの他人として、その方の人生、その方の望みを精一杯受け留めたい」と仰った。そして小澤竹俊先生は、「子どもがいるいないにかかわらず、援助者として、その方が何を誇りに生きてきたのかを知ろうとすること、その方が生きてきた人生を大事に思うこと、尊厳をもって理解すること、そうした努力を進めていく」と仰ってくださった。長尾和宏先生は、「家族という病」が話題になるほど家族の絆も希薄になっている昨今、「理解しようと努めてくれる援助者と共に、ひとり穏やかに死と向き合うのも悪くない」というお話をしてくださった。
 

思いがけず何人もの演者の方々から温かく貴重なご意見を伺うことができたこと、なにより有難かった。

「私が最期を迎える時には、エンドオブライフ・ケアの養成講座を受けたスペシャリスト達に囲まれているかもしれない」そんな風に心強く思えたのも、お話を直接伺えたからこそ。
 

比叡山延暦寺 副執行の小鴨覚俊住職のお話で締め括られた本シンポジウムは、意義深いものだった。

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 永森咲希
 
2016年4月26日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : admin

合格いただきました

産業カウンセラーに続き、国家資格化されたキャリア・コンサルタントの試験、この度なんとか合格をいただいた。昨年の秋以来、脳細胞に鞭を打ち続けた甲斐があったかな。

合格♪

生殖の問題とキャリア形成は、切っても切れない密接な関係にある。

キャリアの中で妊娠・出産をどう考えるか、仕事と不妊治療の両立はどんな風にしたらうまくいくのか、周囲との関係はどう維持したらいいのか・・・etc.

年齢、治療段階、治療歴、職務、職場環境、夫婦・家族関係、考え方、生き方等々、ひとりとして同じ人はいないわけで、生き方の雛形はない。唯一無二の存在であるその人が、自分に適したより良い選択をしていけるよう伴走していけたらと思う。

産業カウンセラーの学びも、キャリア・コンサルタントの学びも、私にとっては大変有意義なものとなった。この経験を社会に還元していくために、一層研鑽を重ねていきたい。

永森咲希

 

 

2016年4月16日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : admin

大盛況!第13回 日本生殖心理学会・学術集会

去る2月21日、虎の門ヒルズフォーラムのホールにて第13回 日本生殖心理学会・学術集会が開催され、出席してきた。
 
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大きなホールの会場に次々と椅子が追加され、後ろまで出席者でいっぱい(500名弱くらいだろうか?)。毎年参加させていただいている本学会、今年は東京での開催もあってか、一段と参加者が増えている気がした。
 
参加人数が増えているということは、当事者の「心」について考えてくださる方々が増えているということでもある。
 
生殖問題を抱える当事者の、忘れられがちな、おきざりにされがちな「心」の支援について、医療現場におられる医師、看護師の方々を中心に、多職種の方々と共に考える機会は極めて貴重。あらためてその有難さを感じると共に、本学会の存在意義を痛感した。
 
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森本義晴理事長も、生殖医療の精神的因子の重要性を語られており、「これからの生殖医療においては、身体よりむしろ「心」の重要性が大きいのに、この辺りの研究が十分であるとは言えません。本学会はこの観点から、生殖への「心」の問題の影響を社会に提言し、より分かりやすい社会のニーズに合わせた活動を展開して参ります」とされている。
 
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今回の学術集会の会長は、東京にある「はらメディカルクリニック」の原 利夫 院長先生で、テーマは「傾聴を科学する」。
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聴くことの重要性、医療を提供する立場や心理職の立場からの傾聴の意味等々、傾聴を中心としたそのプログラム内容は多岐に亘った。
 
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「アダルト・チルドレン」や「母が重くてたまらない―墓守娘の嘆き」等、数多くの書籍を出版されている信田さよ子先生をトップバッターに、精神科医の香山リカ先生、ぶっちゃけ寺の立ち上げから関わられている浄土宗光琳寺の井上広法副住職といった方々も、演者として思いを語ってくださった。

 

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そしてなにより、今年の大きな特徴は、がんを患う患者の生殖に関わる問題について(サイコオンコロジー)、今まで以上により大きく取り扱われていたこと。

若い小児がん、妙齢の女性のがん、結婚前の青年のがん。

「命が助かれば。命”さえ”助かれば」
確かにそう。
親御さんも、目の前にいる子どもの命が最優先なのはきまっている。
もちろん命あっての未来。それが一番大事。
でもその場に、命の先にある患者の未来を見越す力強さと寄り添いがあったらと思う。
 
助かった命のその先には、その人の人生があり、その人生を生きていかなくてはならないことを忘れてはならないと思う。がんが治ったからといって、それだけでいいわけではない。
がんサバイバーだって、その後の人生を豊かに生きる権利がある。

 

不妊当事者もそう。あきらめたら終わりではない。
あきらめたその先に、その人の人生があり、その人生を生きていかなくてはならない。
そして、その人生を豊かに生きる権利がある。
 
本学会における、がん・生殖についての発表は、医療現場で直接患者と接する人たちからのものが多い。過酷な状況の中にいる患者から未来を奪わず、いかに希望をもって生きられるか、その道を開拓しようと精進されている人の話に胸を打たれ、期待が高まる。
 
得に、諏訪中央病院精神腫瘍科 部長の大中 俊宏先生からお聴かせいただいた「病とともに生きる患者に寄り添う ~サイコオンコロジストの視点 ~」のお話は、がんを患った患者さんに、最期の時を迎えるまで寄り添われたご経験をもとにしたもので、大中先生の患者に対する姿勢と、先生ご自身の人生と向き合われる思いに、尊敬の念を禁じ得ない心境になった。
 
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生殖心理カウンセラー及び生殖医療相談士の養成も行っているこの日本生殖心理学会。
今まで以上に、当事者の心に寄り添った支援の輪が広がることを予感した1日だった。

 

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貴重なお話を伺わせていただけましたこと、関係者の皆さまに心より感謝いたします。
ありがとうございました。
最後に。
学会会場外のホワイエコーナーに、MoLiveのブースを設置。「三色のキャラメル – 不妊と向き合ったからこそわかったこと – 」を展示販売させていただきましたことも、併せてお礼申し上げます。
ブースにお越しくださった方々、ありがとうございました。
 
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永森咲希
 
2016年2月22日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : admin

子どものいない老後 – その4(「TEAM S」の発足)-」

先週、伯父はたくさんの方々の手を借りてなんとか無事に退院した。
team7自動上下昇降機能が付いた大き目の介護タクシーに車椅子ごと乗り込む際、「遊園地みたいだ」と笑った伯父を、温かい笑顔で見送ってくださった病棟の看護師UさんとソーシャルワーカーSさんには心から感謝した。
 
たくさんの役割に追われながら、患者ひとりひとりと向き合う看護師の方々の働きぶりには本当に頭が下がる。夜間は多くの患者を数名で担当しなければならず、しかも、シリアスな責任が発生するその過酷な業務の前提が”笑顔”。人間力がなければ担えない職務だとあらためて感じた。
 
また、今回の伯父の入退院で細部にわたり尽力くださったのが、院内で勤務されているベテランソーシャルワーカーのSさんだ。身内として関わる者が私しかいない状況を十分理解の上、私の思いやスケジュールに寄り添いながら柔軟に進めてくださった。伯父がかかるすべての科のドクターとの連携、地域支援のケアマネや訪問看護の方々との情報共有、そして何より、在宅診療のドクターへの橋渡し。
 
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よく耳にしていた身近な言葉。けれど、実際自分が支援を受ける立場になって初めて、その役割の重要性がわかり、その必要性が身に染みた。
 
自宅に帰宅した直後から、
 ・ケアマネージャーのKさん
・ヘルパー統括のYさん
・訪問看護師のNさんとKさん
・睦町クリニックの院長、朝比奈先生とクラークのAさん
 総勢6名の方々が来てくださった。
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朝比奈先生は、初めて会う認知症の伯父と、実に如才ない会話を進めながら、検査含め診察を進めていく。体の状態、薬のこと、そのデータと会話のやりとりはすべてクラークのAさんがパソコンで打ちこみプリントアウト。それをファイルにし、どんな支援者がきてもわかるようにしていく、まさにTEAM体制だ。
 
「こんなにたくさんの方々に来ていただいて。申し訳ないですねー」という伯父に、朝比奈先生は、「Sさん、みんなSさんのために来ています。Sさんに少しでもお元気でいていただけるように、みんなが動きます。『TEAM S』ですからね!」と大きな声で、伯父の耳元で激励してくださった。
 
同じことを何度も聞く伯父に、少し抑揚を変えながらも、丁寧にその都度同じ返答をしてくださった朝比奈先生。

商社マンだった伯父。海外駐在含め、何か国をも飛び回っていた当時の姿からは想像もつかないような”今”に、なんともいえない寂寥感を感じていた私は、”TEAM S”の響きに救われた気がした。そして、次の訪問先へと足早に車に乗り込まれた先生の後姿に、心の中で敬礼した。

 
「あーした方がいいよね」「こうした方がいいんじゃない?」と家から出てまでも考えてくださっていた、地域支援者のみなさん。いくら職業とはいえ、その真剣で親身な姿勢に、どれだけ励まされたことだろう。
こうした高い志を持つ方々がいてくださっての社会なのだと、痛感した。
 
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みなさん、本当にありがとう。
永森 咲希
 
2016年2月15日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : admin

子どものいない老後 – その3(在宅医療)-

伯父が退院する先週、横浜市で在宅診療をしている「睦町クリニック」の院長、朝比奈 完 先生にお目にかかった。
今後伯父が、訪問診療をしていただくことになったドクターだ。
退院前に会いたいという連絡をいただき、伺った。
 
フランクで実直な心象の朝比奈先生は、初めての私が話しやすい空気をつくってくださった。
 
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院内のソーシャルワーカーのSさんから細かい情報は伝わっているものの、本人を取り巻く環境、身近にいる人間の存在、また本人がどんな風に生きてきたか等について、私にあらためて聞いてくださった。
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なんといったらいいのだろう。
私がお話しすることに真摯にじっくり耳を傾け、共有してくださろうという先生の姿勢のようなものが十分に感じられて、私の緊張はすぐに安心に変わった。

先生は続いて、在宅医療というものがどういうものかについても、わかりやすく説明くださった。
 
老いて弱るのは人として自然な姿。老いて弱っても意思はある。
本人の意思を大事にしながら、その疎通が難しくなった際には、一番身近な身内と共にその意思をできる限り確認し、気持ちを汲み取りながら行われる医療。高齢であれば、最期に向けての医療をどうしていくかという医療でもある。
 
朝比奈先生は、24時間緊急の電話を受け付ける。
夜中の2時でも3時でも・・・。
長くこういう暮らしだとおっしゃる朝比奈先生に驚いて、つい「先生の寿命が・・・」と口から出てしまった。先生は笑いながら、「いやいや、逆に寿命を延ばしてもらってますよ」とおっしゃった。
なんというドクターだろう。
 
つい吐露してしまった私自身の感情も、頷きながらふんわりと受け留めてくださった。
雲がかかったようなそんな感情は、お陰さまで、朝比奈先生の診察室に置いてきたままだ。
 
 
今はケアする側として動いているが、いつか必ずされる側になる。
子どもがいない夫婦はどうしていったらいいのか、考えさせられることが多い。
 
在宅か施設か最期を迎える場所を決めること、在宅医療を受けるにしても、施設で過ごすにしても、本人に代わって窓口になるキーパーソンが必要になる。手術を受ける時の同意や、延命措置をどうするかの判断などもそうだ。生活全般の取り決め、医療の決定、まだまだ細かいことが山ほどある。
 
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考えたくもないことだし、できるなら目を背けたい。
でもきっと、「まだまだ先のこと・・・」と思っているうちに、そんな時を迎えてしまうのだろう。
私の伯母と伯父のように。
 
子どものいない夫婦に限ったことではなく、独身の男女もしかり。
備えあれば・・・というが、どんな備えをしたらいいのか。
ある程度の年齢になったら、そんなことを考えるだけでも、幕の閉じ方が違ってくるかもしれない。
 
「これからはチームで動きますからね」
頼りがいのある朝比奈先生の言葉が耳に残った。

まさにその午後、それを目の当たりにすることになった。

☆睦町クリニック:http://mutsumicho.clinic.or.jp/
☆ドクターズファイル(朝比奈 完 院長先生):http://doctorsfile.jp/h/20569/df/1/?page=1
 

続く。

永森咲希

 

2016年2月14日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : admin

子どものいない老後 – その2 -

昨年の1月に「子どものいない老後」というタイトルでブログを書いた。
あれからちょうど1年。

子どものいない80歳を越えた伯父と伯母も1年分年老いたが、その間も、周囲の心配をよそに週1回のヘルパーの支援を借りながらふたりだけで暮らしてきた。

そして、身近にいる姪の私が細々と支えてきた。

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けれど、年明けに伯父が倒れ緊急入院して以来、ふたりの事態は変わった。

持病の多い伯父は、1か月に及ぶ入院生活で体も弱り、認知症も進んだ。
伯母はそれまで、痛む足をひきずりながらも三食作り、伯父の薬の管理もしていたほど気力と認知はしっかりしていたのに、伯父の留守の間に、体力気力、理解力、すべてが一気に低下した。

いつか必ず自分たちの力ではどうにもならなくなる時がくる。
それはふたりとも、実の親をみおくってわかっていたはずなのに。

彼らには、将来安全に安心して暮らすために、介護付の終の棲家への入居を何年にも亘って勧めてきたが、耳を傾けてはくれなかった。

そんな背景もあって、今の私の中には釈然としない感情と苛立ちがふつふつと湧く。

伯父が退院できたとして、伯母が自宅で介護するのはもう限界に思え、夫に付き添ってもらいながら、「伯父だけでも施設暮らしを」と伯母に提案した。今回こそ伯母は同意するだろうと思っていた私たちの思惑ははずれた。

伯母は「今そうしなくちゃならないの?」とか「ちょっとそれはまだ・・・」などと言っては首を傾げ続けるのだ。

(この期に及んでまだわからない・・・)
「老々介護も限界でしょ。自分の状態もよく考えて。今までのようにやれる自信だってもうないでしょ?」と、私は少々声を荒げてしまった。

伯母はうつむいて暫く自分の指をいじっていた。
そしてふと顔をあげ、半分微笑みながら、そして半分泣きそうになりながら、

「自信ね・・・、ある、の」と言った。

その表情を見て、私も泣きそうになった。夫も何度も瞬きしていた。

子どもがいない伯父と伯母・・・。
離れることは、体を引き裂かれることと同じなのだと感じた。

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人生最後のステージを生きながら離れることの寂しさを、自分たちに置き換えて想像してみた。

せつなすぎた。

そして、引き離してしまうことより、自宅で共に倒れるのであれば、彼らにとってそれは本望ではないかとさえ感じた。

だから今日、伯父は一旦自宅に戻る。

担当のケアマネージャー、病院内のソーシャルワーカー、ヘルパー、訪問看護師、在宅診療のドクター、とさまざまな人たちを巻き込み尽力いただいた結果、なんとかやってみようということになった。

特にソーシャルワーカーのSさん、ケアマネージャーのKさん、このおふたりにはどれだけ助けていただいただろう。ぴったりと私に寄り添い、支えてくださる有難い存在のおふたりは、まさに私の良きお手本だ。本物のプロフェッショナリズムを見せていただいた気がした。

明日からの自宅暮らし、いったい何が起こるだろう。

このままの状態は長くは続かないはず。
私は彼らのこの先の準備を始めた。
ふたり揃って安心していられる場所のために。

これも、神とご先祖が、私に必要だと与えてくださった”経験すべきこと”だと思っている。
いつか私たちも彼らのようにふたりだけで歳を重ねることになるから。
その時のことをシミュレーションできる機会なのだと思う。
後見人、保佐人、補助人。
これもピアであってこそ。

今日は、私自身が暫く忘れていた笑顔で、ふたりと接してみようと思う。

永森咲希

2016年2月8日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : admin

読者の皆さま、ありがとうございました(「三色のキャラメル – 不妊と向き合ったからこそわかったこと – 」)

永森咲希です。

昨年10月に出版した書籍「三色のキャラメル – 不妊と向き合ったからこそわかったこと -」と共に活動を始めて、はや1年3か月が経ちました。今年もいよいよ暮れていきますが、この本をお読みくださった皆さまに、心よりお礼を申し上げます。ありがとうございました。

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私は20代で1度結婚しましたが上手くいかず、あっという間に離婚し、結婚というものに失望した経験があります。”結婚したからといって、そのレールが妊娠出産へと真っ直ぐ続くわけではない”ことを痛感した経験でもありました。

”誰かと暮らす”ことへの心の調整には思いがけず長い時間を要し、再婚後も暫し過去を引きずり、憂いなく心から子どもを望んだ時はすでに37歳という高齢。とにかく全身全霊で不妊治療に臨むことになりました。

結局私たち夫婦のところに我が子がやってきてくれることはありませんでしたが、6年間願い続けた”子どものいる人生”をあきらめることは、そう簡単ではありませんでした。

「三色のキャラメル – 不妊と向き合ったからこそわかったこと -」は、なぜ私が高齢になってから子どもを望んだのか、どんな思いで夫婦で治療を重ねてきたか、またどのような過程で子どもをあきらめるに至ったのか、子どもをあきらめた今はどんな心持ちでいるのか、そんな私自身のことを書いた本です。

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書いている間は、さまざまな思いがありました。
長年抱えてきた、きちんと終止符が打たれていないような、決着がつけられていないような、そんな感覚に区切りがつけられたら・・・という思い。”子どもをあきらめる”ということがどういうことなのかを、当事者のご家族にも、医療従事者の方々にも、そしてこれから妊娠出産を考える世代の方々にも、わかってもらいたい・・・という思い。

そして書き上げた時は、読者がたったおひとりでも、共感いただけたり、何かを考えるきっかけにしていただけたらそれだけで十分だとも思っていました。

自ら出版した本ですので、これまで特別な広告や宣伝は何もせずにきました。
ですが、1年3か月の間に、少しずつ少しずつ、関心を持ってくださる方々の手に渡っていくようになりました。そして現在、時々見ず知らずの方から直接感想をいただいたり、人伝で読後の思いをお聞かせていただくようになり、その有難さに胸がいっぱいになります。ありがとうございます。

ひとりひとり人生が異なるように、子どもを望む葛藤もまた、おひとりおひとり異なります。
不妊治療を終わりにする過程も、子どもをあきらめるきっかけも、そのご夫婦によって違います。
この「三色のキャラメル – 不妊と向き合ったからこそわかったこと – 」は、当事者のひとりである私が、苦戦しながらも「今」に至る過程を書かせていただいたにすぎない本ですが、わずかな部分でも共感いただけたり、何かのお役に立てることがあれば嬉しく思います。

子どもをあきらめたら不妊は終わるのでしょうか。
私は”No”だと思っています。

長い人生を生きる中で、折に触れ、子どもがいないことを意識させられることがあるでしょう。いえ、間違いなくあります。私は、まさに最期の時をむかえるまで、このことを抱えながら生きていくものだと思っています。だとしたら、不妊治療の終結の時を丁寧に扱うこと、そしてそのことと上手く折り合いをつけながら生きていくことが大事なのではないでしょうか。

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子どもをあきらめることは、人生の終わりではありません。その先まだまだ長い人生が待っているのです。

さまざまな経験をし、子どもをあきらめましたが、今、私は豊かな人生を生きています。
時に知恵は必要ですが、大事なものを大切にしながら、笑顔の多い楽しい人生を生きています。

どなたにも豊かな人生を生きる権利があるということを、この本を通してお伝えできたら本望です。

これからもこの「三色のキャラメル – 不妊と向き合ったからこそわかったこと – 」と共に、地道に活動を続けていく所存ですので、来年も、本共々MoLiveをどうぞよろしくお願いいたします。

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皆さま、どうぞ佳いお年を。

 

永森咲希

2015年12月30日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : admin